ぜんまいぷぺぶろぐ

嘔吐の国の姫であり人形

私の歴史 創作編

幼少の頃からおえかきが大好きだった。

アンパンマンなどをたくさん描いた。

幼稚園ではセーラームーン などの女の子を描いた。いっぱいいっぱい描いた。

小学一年生の図工の時間に、先生は言った。

「顔の描き方を教えます。まず大きな丸を真ん中より上の方に描きます。」

先生の指示通りの絵を描く。できあがったのは、クラス全員同じ顔の絵。

つまんない!ので、端っこにちょうちょや花を描いた。先生はあまり良い顔をしなかった。

おうちには紙がたくさんあった。

母がどっかからもらってくる学校関係の資料のざら紙。そのうらにたくさん絵を描いた。

うさぎとかくまとかの漫画、たまに人間の女の子、りぼんを買うようになってからはりぼんの絵の真似、小学五年生でインターネットをするようになってからはインターネットでイラストサイトをやってる人の絵の真似。

いわゆる少女漫画の絵より、おしゃれな大人っぽいデザインの人物イラストの真似を始めた。

イラストサイト以外にもいろんなサイトを見まくって、自分はレトロなイラストやファッション、ロリータファッション、デフォルメ、リアル、人形、詩などが好きなんだとわかってくる。

地元函館のテディベア博物館に四谷シモンドールが飾られている事がお気に入りだった。

絵本も好きで、図書館で借りていろいろ読んだ。バーバラ・クーニーの絵本が好き。児童書も好きだ。

漫画も好き。ネットで色んな漫画家を調べ、本を買った。青年漫画が好きだった。

中学生になってもノートに漫画を描いていた。

なかなか原稿用紙に手を出さない。

絵は、小学五年生の頃に絵画教室に通って、花の絵を水彩でひたすら描いた。油彩も買ってもらって、瓶とか人形とか楽器が並んでる絵を描いた。

ノートに色鉛筆で絵を描いてる時が一番楽しい時もあった。

でも中学二年生の時に不登校になった。

当時流行り出したYouTubeで動画を検索しまくった。好きな歌手、たまの動画とか、NHKみんなのうたの動画とか、昔のアニメの動画とか、昔はごろごろと無法地帯だった。いまもそうか。

そこでアニメを覚え、エヴァにハマり、声優にハマり、昔のアニメの資料とか漫画とかが欲しくなって古本屋に通い出した。

球体関節人形の作り方のサイトを見つけ、作ろうと決意。粘土やスチロール玉やいろいろをなんとかして集め、作り始めるが、完成はしなかった。

高校は通信制にしたので、普段はバイトをしていた。

バイト代はリカちゃん、プーリップなどの人形のほかに金魚の飼育などで消えていった。

地元でアート展があるという情報を聞きつけ、絵を出した。たまの楽曲をモチーフにした絵。

次の年には人形を出すことにした。

土人形にもう一度チャレンジし、ニセ市松人形を作った。なんとかできた。

専門学校は絵本創作学科のあるところに行った。札幌の学校だから一人暮らしになった。

絵本が作りたかった。絵本は、ページ一枚一枚が完成された絵画だし、文章も詩のようにリズミカルなものをつけて、きれいに装丁されれば、もう絵本ではなく宝物になると思っていた。

美しい絵本が作りたかった。

しかし担任の先生の知り合いの方が球体関節人形作家で、人形教室を開くから行かないかい?と誘ってくれたので、通うことにした。

そしたらもう人形作りが楽しかった。

絵本活動というか学校に通うのもストップした。それは別の理由もあるからだけど。

人形作りばかりやることにした。そのために札幌に暮らし続けた。

最初は展示とか公募とかあまり考えてなかった。

でもだんだん展示面白いかもと思い始め、三人展に混ぜてもらったり、グループ展に混ぜてもらったりして、個展もやった。

楽しかった。

 

でも生活の事は本当にできないまま来てしまった。

お金稼げない。掃除洗濯炊事できない。

外出られない。ていうかベッドから出られない。

私は本当はサラミ一本と炭酸ジュースだけの食事でいい。でもそれだと病気になるだろう。

飽きるし。

 

創作と生活をちゃんと両立させて過ごしたい。

私は、生き残るのだ。

 

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/ガンバレ\