ぜんまいぷぺぶろぐ

嘔吐の国の姫であり人形

ぷぺの一番長い日

4月23日月曜日

私は朝から憂鬱だった。ここのところいつもそうだった。

先生を殺したい、病院を破壊したいという気持ちが頭の中でぐるぐるしていた。

今の病院に転院が決まってから、ずっとこうだ。

頭の中で先生と喧嘩している。言い争い。

実際の先生がどんな人物かは、もうどうでもよかったのかもしれない。

とにかくここの病院の先生は嫌だ、この病院も嫌だ。

破壊しなければ。でもできない。殺さなければ。でもできない。じゃあもう家の中で暴れてやれ。できない。親に暴力をふるえ。できない!

私は昔クリニックで紹介されたある専門家の個別相談を受けたくなり、予約で何ヶ月も待つと言われていたが、電話した。

間を置いて3回ほどかけたが、専門家はでない。

専門家のパンフレットを見ると、専門施設の住所がのっている。

行け!と心の声がした。

行こう!と思った。

行った。

変な行動力だ。

 

施設につき、中の人に電話したけどつながらなかったから来ました、と言った。

(ここがもしくそみたいな施設だったらぶっ壊してやるからな)

女性がやってきて、話を聞いてくれた。

「本来は個別相談は予約制なので、さわりだけしかお話しできませんよ」

はい。

私は自分がいまどんな状態か、いままでどんな風だったか、さらーっと言った。言ったつもりだが泣いてしまった。

女性は優しかった。

「がんばりすぎだよ。ぷぺさんの苦しいのを治すには、ぷぺさんのがんばりだけでは足りないように見えるよ。」

「主治医を変えてみては?」

それがいいのかな。

「でもいまどうするかだよね。そのつらい気持ちを抑えるのはどうしたらいいかな?」

わかりません。

「薬とか点滴で良くなるんじゃないかな?」

私は混乱してきたので、女性に色々と任せてしまった。

前のクリニックに電話するが、転院後なのでややこしくなるから来ない方が良いと言われた。

母に迎えにきてもらい、今の病院に行くことにした。

しかし今の病院は診察は全部午前で終わるので、午後は医者はいませんと言われる。

救急外来をやってる別の病院に行くことにする。

母はじつは風邪をひいているが車を運転してくれている。つらい。私はひどい親不孝者だ。

救急の病院で、私は先生に今の状況を伝えた。

ジプレキサを処方された。

主治医を変えたらいいよとまた言われ、入院するならうちに来てもいいしとか、なんだか、わかったぞ。

いまの私の主治医のいる病院、なんだか全体的にのろくて田舎でボサーとした印象がある。

でもこの救急もやってる病院は、話しやすいし、いろいろ情報も教えてくれる。

薬をもらったし家に帰る。

でも私はまだダメなままだった。

苦しい。つらい。なにやってもダメ。救われたい。死にたい。殺したい。破壊したい。

家で、家族と食事…とてもできない。

私は家族に、私の悪い感情の話をしてこなかった。でも、もう言うしかない。

すべて母に言った。正しくない、悪い、ひどい感情の訴えをすべて言った。

父は空気になった。

 

解決策が欲しかったわけではないが、母に聞いてもらうのは、結構なにかくるものがあった。よくわからないけど。

話し終え、なにも食べてないけど少し吐き、ジプレキサを飲んで寝床へいった。

少し寝た。と思ったら右の背中にものすごいムズムズ感。

体感幻覚だ。昔入院中よくなったやつだ。ストレスが溜まり過ぎると、なるやつ。

うああああああああーーと声がでるくらいムズムズ。

もうだめだ。

心も体もおかしくなったんだ。

 

母の元へ走り、体も変だと泣きついた。

母は背中をさすってくれた。

私は親不孝ものだからこれ以上さすらせるのは可哀想だから適度なところで終わらせた。

でも母は私を抱きしめて

「大丈夫だからね」と

 

言った

ような

気がし