ぜんまいぷぺぶろぐ

嘔吐の国の姫であり人形

ねこの森に帰ってきた

7、8年住んだ札幌から地元の函館に帰り、実家に住んでいると、大人になれなかったなぁ、と思う。
人形やおもちゃだらけの部屋にほぼひきこもっているから、そんな気がするのかもしれない。親も私を大人扱いしない。
現代では「大人になれなかった大人」という意識の人は多い気もするけど。

 

子供の頃、大人になりたくなかった。
子供たちの集まりの時、自分が一番年下だと安心した。自分より年下の子供がいると焦った。「お姉さん」になんかなれないのに。

 

谷山浩子の「ねこの森には帰れない」という曲の歌詞が、好きだけど切ない。
この曲って子供時代の世界には帰れないという意味だと思う。
子供時代に折り合いをつける歌。大人になる歌。でもちょっと未練ありそう。
大人になったら、ねこの森には帰れないのが当たり前なのか。
ねこの森に帰っても良いんじゃないのか。
私は帰って来たぞ。
この部屋は、私のねこの森だ。ねこの森に帰って来てしまった。

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映画「ラビリンス/魔王の迷宮」で、主人公の少女はぬいぐるみだらけの部屋に住んでいるが、物語の途中で「なんだこんなもの!いらない!」とすべて投げつけるシーンがある。かなしい。大人になるシーンだと思う。

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自殺した漫画家・ねこぢるの部屋には子供用のブレスレットとか、とても31歳の中年女性の所持品とは思えないような幼げなものがたくさんあったというのを、追悼番組かなにかで見た覚えがある。
私はそういうのが好きだ。好きだけどかなしくなる。
手塚治虫の漫画「人間昆虫記」の十村十枝子の部屋とか。おもちゃや変な土産物やなんだかわけのわからないものだらけの部屋で、裸で眠る十村十枝子。十村十枝子は、母親を模した蝋人形の乳首を吸う。
おもちゃマニアで、おもちゃだらけの部屋に住む大人というわけではない。
私はおもちゃマニアだけど。
あっ何が言いたいのかわからなくなってきた。
考えがまとまりません。とか書いて逃げ道を作る。

 

ねこの森、子供時代の世界に居続ける大人。
子供時代のことを忘れないのではなく、子供時代のまま大人になったひと。
その子供の世界をなにかに昇華できる人なら、いいけど。なにかとは、創作とか。
大人になれなかった大人。
大人になるのを放棄した大人。
子供のままでいたい大人。

 

ローワン・アトキンソンが、50代になってもMr.ビーンのような幼稚な男を演じるのを虚しいことだと言ってたのがせつない。
ローワン・アトキンソンはMr.ビーンを演じてただけで、Mr.ビーンは実在しない「大人子供」だったけど、現実にはMr.ビーンみたいな大人はたくさんいる気がする。